かるさんの日々

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急な変化が・・・2017年7月17日

先の日記に書いた記録的な暑さは、15日の土曜日まで続きました。

一晩明けた16日からは、急に気温が下がってずいぶんと凌ぎやくなりました。おまけに「短時間集中豪雨」などがあって、一部の地域に「冠水被害」がでるありさまとなりました。

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急激な変化と言えば、なにも天気現象だけではありません。

この国の政治の世界で「一強を誇り」、当たるところ敵無しの感があった「首相とその政権」ですが・・・直近の世論調査によれば、その支持率が急降下しています。

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そんな様子を横目にしながら書くのも気が引けますが、以下は「四字熟語」の世界です。

『夜郎自大(やろうじだい)』

自分の実力をかえりみず、仲間の中で尊大に構えてみせる小人物のたとえ。

「野郎」とは、漢代に中国の西南地方(貴州省)にあった国名。多くの小国があったが、「野郎国」はその中で最大。ところが、漢帝国の強大さを全く知らず、自分の力を過大に信じて、威張っていたという故事による。

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『急転直下(きゅうてんちょっか)』

急転は、急に変化する。直下はまっすぐ落ちて≪一件落着≫すること。事情が突然変わって、事のきまりが急に片付くたとえ。

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『放辟邪侈(ほうへきじゃし)

わがまま勝手で、横道にそれて、おごり高ぶること。辟には、よこしまの意もある。侈は、おごる、ぜいたくの意。

この国にはその昔から、驕りに対する「戒めの言葉」がたくさんあります。

ですが、頂上を極めた人は、とかくその戒めを軽視するか、忘れてしまいます。

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目下、支持率が「急転直下」している誰かさんも、先人の戒めの言葉を教訓としないツケが回ってきたのでしょう。

『生者必滅 会者定離』・・・平家物語の冒頭を飾る一行も、上に立つ者は心に刻んでおかねばならぬものかと、日ごろ思っているところです。

「真摯に意見を聞く・・・とは、聞く耳持たぬと見つけたり」・・・雲隠れ!


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# by karucyu | 2017-07-17 16:38 | 日記 | Comments(2)

この暑さに思うこと・・・・・2017年7月13日

6月から8月にかけての北海道は「梅雨も無く、涼しくって快適」・・・ということで、本州の観光客の憧れの的となっていました。

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最近は東南アジア系の観光客も、夏の涼しさを求めて来道してくれています。

ところが、近年の「異常気候」の所為で、6月には冷たい雨が降り続いたり、夏の異常高温と台風の襲来が続いています。

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今日のこの地の最高気温が33.1℃と真夏日になっています。

この地だけでなく、全道173地点のうち98地点で30度以上の真夏日となっています。

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真夏日はこれで9日連続で、札幌管区気象台によると、7月に9日連続で真夏日となるのは2004年以来13年ぶりになるのだそうです。

この調子で行くと、「涼しい夏の北海道」という「殺し文句」は、もう通用しなくなるのかもしれません。


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# by karucyu | 2017-07-13 17:23 | 日記 | Comments(4)

六月の旅から・・・2017年7月4日

③・・・新装なった「小田原城」を見学

小田原街はその昔、箱根や伊豆半島へ行くのに、車や電車で何度も通っていました。そのたびに「名物かまぼこ」をお土産にしたものです。

ですが、どうしたものか「小田原城」をしっかりと観たことが無かったのです。


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「小田原と後北条氏」の歴史については、若いころから関心を持っていました。司馬遼太郎の「箱根の坂」を読んで以来のことかもしれません。最近では伊東 潤の「黎明に起つ」を読んで、またまた眠っていた「小田原への関心」が目を覚ましてきたような気がしたのです。

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情報から「小田原城の平成の大改修」が終わって、リニュアール公開されたことを知りました。で、このたびの旅を利用して訪れることにしたのです。

在京の友達も同行を快く承知してくれて、またまた東京駅から東海道本線の、ほぼ各駅停車の電車で出かけました。

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小田原は、京都から駿河の今川家へやって来た「伊勢新九郎」が、知略で伊豆地方を従え、続いて箱根の坂を越えて「相模の国」を制覇してその居城としたことから栄てきました。

伊豆や相模の国を支配した「北条宗瑞(早雲)」は、足利幕府の混乱がもたらす「応仁の乱」を乗り越え、新しい国づくりをするために「戦国の世の幕」を切って落とした先駆けの武将となりました。

早雲から3代目までは名君として領国を守って来ましたが、4代氏政の時代の流れを読めない蒙昧さで、その子5代氏直の時に「豊臣秀吉」に滅ぼされてしまいました。

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その後徳川家の支配下に入り、明治3年に廃城となった小田原城です。

ですが昭和9年頃から、隅櫓が再建されたりして、昭和355月には廃城以来90年ぶりに市民待望の天守閣が復興されました。

復興から既に50年以上が経過しており、耐震診断の結果、今後継続的に使用するためには耐震補強が必要であるとされたことから、来館者の安全確保のため平成277月から平成284月にかけて「平成の大修理工事」を行いました。

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(天守閣から伊豆半島方向をを望む)

リニュアールされた天守閣の外観は、なにか白々として、内部の階段も登り易くてありがたいのですが、どうも古城という感じが失せたような気がするのです。

各階層に展示された「北条5代の歴史展示物」も見やすいのですが、あまりにも多すぎて一日ではゆっくりと鑑賞できないほどのものです。

小雨が降ってきたお堀端を歩き、「北条5代の末路」や「大久保忠隣(ただちか)」の悲劇を頭に描きながら小田原駅に戻り、帰路についたところです。

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<城の再建、修理などの記事は、地元の情報を引用させていただきました>


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# by karucyu | 2017-07-04 11:23 | Comments(4)

六月の旅から・・・2017年7月2日

その②・・・・奥多摩散策

奥多摩地域は東京都の西北部にあり、埼玉県や山梨県に隣接しています。

ふつう「奥多摩」と言うと、登山やハイキングに適した「東京都西部の山岳地帯」を指す言葉になるのだそうです。

その通り、地域のほとんどが、900~1000mほどの山々が連なってハイカーのメッカとなっています。

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<↑借用画像です>

JR青梅線の終点が「奥多摩駅」で、土・日曜などはハイカーでお祭りのような賑わいになります。その昔「雲取山」などへ心弾ませて山行したものですが・・・・

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今回の「奥多摩散策」は、奥多摩駅の一つ手前「白丸駅」で下車し、駅から歩いて20分ほどの「アースガーデン」での会食が目的です。切り立った渓谷は緑色をした「奥多摩湖」になっています。淵のように見える水面はカヌーの訓練所になっているようです。

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湖のほとりにある、このレストランの売りは「トンカツ」のようで、いわれがある材料を使っているとのことです。せまいお店ですが、入れ代わり立ち代わりに客がきます。

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美味しい「トンカツ」とビールを堪能し、ながながと電車に乗って東京の街中へ戻ってきました。

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おなじ東京都でも、大混雑の23区地域と、山また山が続く都下の雰囲気とでは、別世界かな?と思わせる、久しぶりの「奥多摩」散策でした。


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# by karucyu | 2017-07-02 12:41 | 日記 | Comments(4)

六月の旅から・・・2017年6月30日

その①・・・きつねの嫁入りの町


長旅の出だしは、新潟県の東部にあり、福島県の県境と接している「阿賀町」への一泊旅行です。同行者は小学校の時の同期生20人あまりです。


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阿賀町は平成1741日に22(津川町・鹿瀬町・上川村・三川村)が合併して誕生した町です。(この町より南、阿賀野川の下流にある<阿賀野市>と混同しそうですが、違います)


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この阿賀町の津川に「麒麟山」という191mほどの小さな山があります。足元に阿賀野川とそこへ合流する常浪川が流れています。その対岸には「麒麟山」という名の銘酒を造っている「麒麟山酒蔵」もあります。


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その「麒麟山」には狐がいて、毎晩のように狐の声が聞こえ、狐火が見られると昔から言い伝えられて来ました。津川の狐火は世界一で、麒麟山にまつわる狐火の話しは数多くあります。


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昔は嫁入りは夜にかけて行われ、あたりは暗く、堤灯を下げて行列しました。この堤灯の明りと狐火が平行して見え、狐の嫁入り行列が生まれたとも言われています。狐火の多く見える年(狐の嫁入り行列の見えた年)は豊作で縁起が良いとされていました。


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例年5月のGW.の頃、この「狐の嫁入り」行列を、町を挙げて再現し、観光に大いに役立てています。


町の中には「狐の嫁入り屋敷」を設けて、日常の観光客には『ムービー』を見せながら町とこの行事のPRに怠りがありません。私たちもたっぷりと観させていただきました。


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≪嫁入り再現画像、屋敷全景は借用ものです≫




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# by karucyu | 2017-06-30 12:24 | 日記 | Comments(2)