鎌倉「東慶寺」の散策・・・2017年9月30日

この週半ばに、鎌倉の友人に会いに行って来ました。その足で2~3の寺院を参拝して来ました。そのときの感想を書いてみました。


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藤原氏を中心にした貴族政治を打ち破って確立した「武家政治」の居場所は、京都を嫌って関東の『鎌倉』に置かれました。

源頼朝が幕府を開いた治承4年(1180年)から、執権第16代北条守時の元弘3年(1333年)までの153年もの永いあいだ「鎌倉」は政治の中心地だったのです。

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「東慶寺」は山号を松岡山、寺号は「東慶総持禅寺」と言い、臨済宗円覚寺派だそうです。第8代執権北条時宗の嫡男で、第9代執権北条貞時の開基とされ、開山は時宗の正室「覚山尼」と伝えられています。

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南北朝時代に、ご醍醐天皇の皇女「用堂尼」が第5世住持になったと古文書にあるそうです。ためにこの後、この寺を「松岡御所」とも称するようになったようです。

大阪夏の陣で敗れた、豊臣方総帥秀頼の娘が徳川方に捕らわれ、千姫の養女として「東慶寺」へ入れられました。天秀尼の名前でのちに20世住持となりました。

これ以降江戸時代を通じて「東慶寺」は、群馬県にある「満徳寺」と共に幕府寺社奉行も承認する<縁切り寺>として知られ、女性の離婚に対する家庭裁判所の役割も果たしていました。

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この「東慶寺」を舞台にした小説がたくさんあります。挙げてみますと・・・

「東慶寺花だよりー井上ひさし」「駆込寺陰始末―隆慶一郎」「影十手活殺帳―宮本昌孝」「柳生忍法帳―山田風太郎」「柳生薔薇(そうび)剣―荒山 徹」などがあります。

そのなかでも、やはり「井上ひさしの東慶寺花だより」が、舞台や映画にもなって知られているようです。


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鎌倉独特の丘陵を利用した寺域にはたくさんの「苔むした五輪の塔」が、静かにたたずんでいました。


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Commented by kawasei1008 at 2017-09-30 20:12
鎌倉 大仏さんばかりが目立ちますが歴史を感じられるところですね
Commented by karucyu at 2017-09-30 20:48
>かわせいさん、
お元気ですか?

こちらすっかり秋から初冬モードの陽気になってきました。

久しぶりの東京とその近辺は、さすがに蒸し暑さがありました。

そうなんです、鎌倉は大仏様や、鶴岡八幡宮だけでなく、神社仏閣が数多くあります。
それぞれ由緒があるところで、興味が尽きません。

お遍路で経済効果を上げています四国のように、頼朝さんは現在の相模の国の救い主かもしれません。平日でも「観光客」が溢れかえっています。

Commented by harusan at 2017-10-13 10:03 x
まぁ~~鎌倉に来られていたんですか!
まだまだ、秋の風情には遠かったことと思いますが、秋の鎌倉もステキですよね~~♪
しばらくご無沙汰している鎌倉ですが、この日記を拝見して行きたくなりました(笑)
Commented by karucyu at 2017-10-13 12:15
>はるさん、

そうなんです、小学校時代の幼なじみが鎌倉に住まって居ますことから、ご機嫌伺いを兼ねて、9月27日に「東慶寺」と「円覚寺」を散策してきました。
境内の上り下りで疲れ、さすがに「建長寺」はあきらめました。
by karucyu | 2017-09-30 10:40 | 日記 | Comments(4)