1年2ケ月ぶりに・・・2017年10月29日

――北の地の大動脈「日勝峠」の復活開通――

先週の台風21号に続き、今週も22号接近での被害が報じられています。

北の大地では幸いなことに、昨年度より台風による被害がいまのところ小さいようです。

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昨年(平成28年)の北の地での「台風被害」はひどいものでした。

817日から23日の一週間で台風7号(17日上陸)、11号(21日上陸)、9号(23日上陸)と、立て続けに三つの台風が上陸し、大きな被害をもたらしました。

それ以外にも台風10号は大雨を降らし、交通網に甚大な被害を与えました。

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JR北海道の鉄道網は、いたるところで寸断され、未だに修理復活されない路線があります。

国道は主に十勝地方に通じる各国道を中心に、橋の流失や路盤の流出・崩壊などで通行止めとなり、一時は十勝地方が孤立状態になるありさまでした。

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もっとも被害の規模が大きかったのが、国道274号の「日勝峠」でした。

この峠は石狩地方と十勝と釧路地方を結ぶ、北海道の大動脈となっている道路です。

道東からの「魚貝類」や十勝地方からの「農産物」の輸送遅れが続きました。

この峠の通行止めが長引くための「経済損失」は計り知れないものがありました。

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これがこの28日に、12ケ月ぶりの通行止めが解除されました。

この日、峠のふもとの「日高町側」と「清水町側」で、午後1時にゲートが開くと、再開を待っていた多くの車両が峠を登って行ったそうです。

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# by karucyu | 2017-10-29 20:55 | Comments(2)

一転、大荒れの中でのバスツアー  2017年10月25日

台風21号が本州に上陸しつつあった22日の日曜日は、衆議院議員選挙も重なって、全国的に大慌ての一日となりました。

この日は、かねて予約をしていました「道北と道央地域」への一泊二日のバスツアーへの参加の日です。もちろん選挙への投票は「期日前投票」で義務を果たして置きました。

22日は曇り空ながらも、車窓からの「名残りの紅葉」を楽しんでいたのですが・・・・

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ツアーの宿泊先は遠軽町にほど近い「丸瀬布温泉のマウ山荘」というところです。

もともと林業が盛んだった地域ですが、ご多分にもれず今は年々過疎化が進んでいく、静かな森林地帯です。

その森の中にたたずむ、こじんまりとした「西洋風な温泉ホテル」はしゃれた雰囲気と、食事を含めた暖かいもてなしをすることで、特にご婦人方の人気が高いところだそうです。

和洋折衷の美味しい夕食をいただき、ゆっくりと温泉に浸かって明日の「美瑛・富良野地域」の風景を楽しみにして寝についたのですが・・・・
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23日は、朝からの曇り空がだんだんと雪もようになって、一転して冬景色に変わってしまいました。

台風21号の余波で、北の地にかなりの寒気が降りて来たようです。

そのまま、バスは雪道の山間部をひた走り、パッチワークを楽しめるはずだった「美瑛・富良野の丘陵部」は強風を伴った吹雪となり、バスから降りるのも躊躇するほどの悪天候に見舞われることになりました。

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この日平野部でも雪が降り、札幌市と帯広市で初雪を観測しました。

札幌市の初雪は平年より5日早く昨年より3日遅く、帯広市は平年より15日早く昨年より1日早かったそうです。24日正午までの24時間降雪量は日本海側とオホーツク海側で40cm、太平洋側で30㎝ほどにもなって、山間部の峠では大型車両のスリップなどで数十台の車両が足止めを食らったとのことです。

いよいよ北の地の永~~い雪の季節がやって来るのです。

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# by karucyu | 2017-10-25 20:20 | 日記 | Comments(4)

さいごの紅葉です・・・2017年10月11日

http://www.digibook.net/d/90c5efb390ce1cb5f9cc30070e7a6559/?viewerMode=fullWindow

すこし高い山々に「初冠雪」があったと、ニュースになりました。
裏山の登山路や、河畔の散策路の紅葉もいまが盛りですが・・・街中に雪虫が飛んで、やがて平地にも雪の便りが届くころとなりました。

さいごの「紅葉画像」をアップしてみました。

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# by karucyu | 2017-10-11 11:22 | 日記 | Comments(4)

鎌倉「東慶寺」の散策・・・2017年9月30日

この週半ばに、鎌倉の友人に会いに行って来ました。その足で2~3の寺院を参拝して来ました。そのときの感想を書いてみました。


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藤原氏を中心にした貴族政治を打ち破って確立した「武家政治」の居場所は、京都を嫌って関東の『鎌倉』に置かれました。

源頼朝が幕府を開いた治承4年(1180年)から、執権第16代北条守時の元弘3年(1333年)までの153年もの永いあいだ「鎌倉」は政治の中心地だったのです。

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「東慶寺」は山号を松岡山、寺号は「東慶総持禅寺」と言い、臨済宗円覚寺派だそうです。第8代執権北条時宗の嫡男で、第9代執権北条貞時の開基とされ、開山は時宗の正室「覚山尼」と伝えられています。

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南北朝時代に、ご醍醐天皇の皇女「用堂尼」が第5世住持になったと古文書にあるそうです。ためにこの後、この寺を「松岡御所」とも称するようになったようです。

大阪夏の陣で敗れた、豊臣方総帥秀頼の娘が徳川方に捕らわれ、千姫の養女として「東慶寺」へ入れられました。天秀尼の名前でのちに20世住持となりました。

これ以降江戸時代を通じて「東慶寺」は、群馬県にある「満徳寺」と共に幕府寺社奉行も承認する<縁切り寺>として知られ、女性の離婚に対する家庭裁判所の役割も果たしていました。

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この「東慶寺」を舞台にした小説がたくさんあります。挙げてみますと・・・

「東慶寺花だよりー井上ひさし」「駆込寺陰始末―隆慶一郎」「影十手活殺帳―宮本昌孝」「柳生忍法帳―山田風太郎」「柳生薔薇(そうび)剣―荒山 徹」などがあります。

そのなかでも、やはり「井上ひさしの東慶寺花だより」が、舞台や映画にもなって知られているようです。


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鎌倉独特の丘陵を利用した寺域にはたくさんの「苔むした五輪の塔」が、静かにたたずんでいました。


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# by karucyu | 2017-09-30 10:40 | 日記 | Comments(4)

久方ぶりの映画鑑賞・・・2017年9月18日

久しく映画を観る機会がありませんでした。

このところ、頻繁にTVCMやPCCMに流された「関ヶ原」を観てきました。

この映画のこと、TVCMが流されるまで、制作されていることを知りませんでした。

いうまでもなく原作は、「司馬遼太郎」の<戦国三部作(国盗り物語・新史太閤記・関ヶ原)>の一つです。

1964年(昭和39年)~1966年(昭和41年)のあいだ「週刊ゲンダイ」に連載され、1966年に新潮社から(上・中・下)の単行本として出版されました。

この「関ヶ原」を中心にした「戦国三部作」は、歴史時代小説フアンを熱狂させ、司馬遼太郎の作家としての地位を確固たるものにしたのでは?・・・といま思っています。

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映画「関ヶ原」は、『監督・原田正人、主演・役所広司、岡田准一』であって、作者司馬遼太郎の死亡時から21年目、小説完成から実に51年目の映画化ということになります。

司馬遼太郎の作品は、NHKの大河ドラマの本数の中でトップを行っています。その他「坂の上の雲」など、多くが単発ドラマにもなっています。

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ですが、氏の作品はどうも「映像」に向いていないのか、「映像化」が難しいのか、自分にとっては納得が行かない気がしてなりません。

司馬遼太郎の作品は、どうあろうと「一行一行、文字を目で追って」じっくりと味わうのが最高なのだと・・・・これからも思っていくことでしょう。

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それにしても映画「関ヶ原」を観ての感想は、近ごろの映画にしては大掛かりなロケーションを多としながらも、戦国期の「戦闘シーン」などは、どうしても「黒沢明映画」の綿密・重厚さを想い出す・・・ということになるのです。


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# by karucyu | 2017-09-18 13:37 | 日記 | Comments(2)